賎の苧環と萃点によせて
2006年逝去された社会学者、鶴見和子先生と千麗の
出会いは、河合隼雄先生が御同行、ご紹介くださった
1994年「阿留辺幾夜宇和」東京公演です。
その後2000年2001年ポーランド、2003年スイス・ド
イツ・イタリア、2007年フランス・スイスと、千麗の
ヨーロッパ公演の実行委員に連なっていただきました。
4月1日「カミーユ・クローデル」フランス・スイス
公演より帰国したところで、準備時間は潤沢ではあり
ませんが、長く千麗の創作を励ましてくださった鶴見
先生のご命日7月31日にゆかりの2作品を舞い、捧げます。
日本舞踊を能くされた鶴見先生がとりわけ愛した古典、
長唄「賤の苧環」。かつて先生より創作をうながされ
た南方熊楠の世界に、このたび創作の端緒を見出した
「翠点―『南方熊楠曼荼羅』より」。
「翠点」は藤舎名生氏に作曲を依頼し、氏による笛
のみを伴奏とする舞です。
千麗はこの6月27、28日、熊楠の故地、和歌山の田
辺を訪れました。
熊楠の愛した神島(ふりがな・かしま)は鶴見先生の
遺言で、遺骨を半分にして散骨されたところでもあり
ます。その海を臨み、旧熊楠邸で血縁の方と語りあい
漠然と形にならないものを得て帰ってまいりました。
社会・思想・科学の広汎な領域で独自の業績を数多
く残した、南方熊楠と鶴見和子。
2人の巨人の遺したメッセージを、過去のものとせず
今生きる者へのメッセージとして考え続けるために、
公演に力を尽くしてまいります。多くの方に知ってい
ただけるよう、お力添えをよろしくお願い申し上げます。
「翠点」とは南方曼荼羅において、森羅万象のうちに
事象と事象がかさなりあい変化を生みだす中心点であ
り、つねに変化し推移していく。
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